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酒井直人をなぜ応援するか①(「結集中野!一人ひとりが輝く中野」応援会より)

酒井直人をなぜ応援するか①

以下に、応援演説の文字起こしを一部引用して紹介いたします。お読みいただけたら幸いです。

中野区議会議員・立石りお議員(無所属)

中野区議会議員・近藤さえ子議員(無所属)

株式会社アスモ代表取締役・花堂浩一様

株式会社ワールドグループYADOYA GUESTHOSE 代表・山本真梨子様

中野工業産業協会副会長・宮島茂明様

中野工業産業協会副会長・高山義章様

中野区長候補・酒井直人のお礼、今後の区政運営に向けた決意

「結集中野!一人ひとりが輝く中野」応援会より

中野区議会議員・立石りお議員(無所属)

私が酒井区長を応援する理由、それは10年前から地域活動を共にしてきた同志であることがまず一つの理由です。

当時、私が区議会議員になる前でNPO活動をしている際、「中野区の協力を得たいな」と職員の方にご相談する機会があったんですが、結構たらい回しにされてしまって。「なかなか社会は甘くないな」と思ったんですが、当時広報課長だった酒井さんに相談したら「それは中野のために良い取り組みだから応援するよ」と、すぐに動いてくださったんです。

「中野区に、こんなに情熱があって素晴らしい公務員の方がいるんだ」というのが酒井さんとの最初の出会い、私の印象です。

こんなに中野を愛する酒井さん、こんな人がいつか中野区長になってほしいと思っていたところ、4年前に退職して区長選挙に挑戦という大きな決断をされて、当時の私は会社員でしたが、全力で応援をさせていただきました。

あれから早いものでもう4年が経とうとしています。私も区議会議員になって3年間、酒井区長と様々な政策を進めてまいりました。

例えば、DX戦略の推進。電子申請、コンビニで住民票を取れる政策などを進めてまいりました。今、中野区は、区役所の窓口で証明書を取得するよりコンビニのほうが100円安くて、窓口に行く時間も省略できます。

区の職員は対応する時間も省略でき、浮いた時間や費用を区民サービスに充当していけます。令和6年5月に新区役所が開設、それを契機に中野区のDX戦略推進は本格的に進んでまいります。

新庁舎移転を契機に、中野駅周辺のまちづくりも大きく動いていきます。

中野の魅力の1つはやはり駅前の賑わい。酒井区長が1期目で打ち出したまちづくりの大きな方向性とビジョン、それを形にしていくのが2期目3期目の酒井さんのミッションですが、賑わいや活力を生み出していくのは酒井さんの政策の真骨頂、得意の一丁目一番地だと思っております。

酒井区長が二期目への挑戦を公表されましたので、私もしっかり応援させて頂きます。応援演説したことがなくて不慣れですが、あたたかい拍手とご声援ありがとうございます。

中野区議会議員・近藤さえ子議員(無所属)

「酒井区長をなぜ応援するか」「今までの中野区と何が変わったのか」と申しますと、私は前区長の「児童館をなくす」という政策に大反対していました。

学校だけに子どもたちを押しこめて、児童館を全部なくしてしまう政策。実際に、どんどん児童館が潰されていきました。「潰さないでくれ」「数が少なくなっても児童館を残してくれ」と何度も何度も前の区長に質問し、お願いしました。

しかし、前区長は「もう決まったことだから」と、全く耳を傾けてくれませんでした。

そこに新たな酒井区長が誕生しました。

酒井区長も初めは「どういうことなのかな?」といった反応でした。職員でも全部のことを知っているわけではありませんから。

でも、「これはどういうことなのかな」と考えてくれる。無所属の議員たった一人が言っていることでも、耳を傾けてくれる。これが前政権と大きく変わったところです。

「この人の言ってることは何だろう」 初めは分からなくても、耳を傾けて、現場に行って、子供の声、お母さんの声、学校の声、様々な声を聞いて、どうしていくかを判断していく。児童館の職員の声も聞く。「働いている人が一番よく分かるのだから」と、その声を大切に聞く。

そこが酒井区長のとてもいいところだと私は思っています。

もちろん財政的なこともしっかり「児童館の数も全部は残せない」それらを精査して考えて決めていく。その体勢を酒井区長は今しっかりと作っています。

今、前区長の下で児童館全廃に大賛成だった人たちがみんな「児童館は必要だ」と言い始めているんです。「児童館は全廃でいい」と言っていたのに、「児童館が必要になった」わけですよ。

酒井区長が区長にならなかったら児童館は全部潰されていた。冷静に考えたら必要なのに、大きな流れで決まってしまっていた、その流れを酒井区長が止めてくれた。

今、私は児童館の話をしましたけれど、色々なところで起こっている。一個ずつきちんと区民の声を聞いて確認して、職員たちと話し合って決めていく体制。この体勢になれたことが本当に私は良かったなと思っています。

そして皆さま、区報を見たことがありますか?

酒井区長は「中野区の財産は人だ」と言うだけあって、いろいろな中野区民を紹介しています。

「こういうNPO社会福祉法人があるよ」「こんな仕事やこんな活躍している人がいるよ」 中野区報で紹介して多くの区民に知ってもらおう、みんなが繋がって一緒に中野区を良くしていこう、と中野区民を紹介しています。

無所属の私の話を誰も聞いてくれなかった前区長の区政。何度言っても何回お願いしても叶わなかった、それは議員の私だけの話じゃなくて、区民もそうですよ。

区民も何回言っても聞いてもらえない人が沢山いました。そこに耳を傾けて、みんなで繋がっていこう、それが酒井区長がやろうとしていることなんです

この流れを止めてしまうわけにはいきません。多数決で賛成が多ければいいんだっていう決め方は、もうたくさんなんです。

1つ1つを区民が考えて、働く職員が考えて、そして決めていける。そういう区政。私は次の二期も酒井区長を応援していきたいと思っています。

そしてもう一つだけ。私は「犯罪被害者の条例」を作っていただきたいと前区長にもずっと言っていました。前区長は「いらない」と言っていました。日本中で「中野区は犯罪被害者の支援に特化して素晴らしい」と認められているのに、前区長はいらないと言っていました。

酒井区長は「犯罪被害者の支援って何なの?」 最初は全く何か分からなくても、「この人は何を言っているんだろう?」「社会の中でどういう動きなんだろう?」 そういうことをしっかり考えてくださる、社会を俯瞰する目を持っている。

中野区役所の職員が他の自治体から講演に呼ばれるなんて、これまで私は見たことも聞いたこともないです。でも今、中野区役所の犯罪被害者支援の職員は色々なところから呼ばれています。

前の区長なら「行くんじゃない」「中野区民のことじゃないだろう」と言われていました。でも酒井区長は、職員時代から「行ってらっしゃい」と職員を外に出す。「今すぐ中野区民のためにはならないかもしれないけど、社会と繋がって大きな成果になっていく芽がある」 酒井区長は社会的な変化がわかる。小さな小さな中野区役所の中で「職員には事務をやらせていればいい」という時代は終わるんです。

ぜひ酒井区長、この流れで来期も頑張っていただきたいと思います。

株式会社アスモ代表取締役・花堂浩一様

(今回、使用中の事務所を「貸してあげるよ」と貸してくださった花堂様)

私は中野区で介護の仕事をしていまして、事務所が2つあります。どういうわけかその1つを酒井区長がすごく気に入って、「ここを使わせてくれないか」と。「分かりました」と事務所を空けて、そこが酒井さんの事務所になります。

どうして私がそこまで、酒井区長のために場所を空けたか。

今から10年近く前、観光協会のお手伝いをしました。その時に初めて、広報課長だった酒井さんと一緒にボランティアをすることになりました。

正直いって自治体の職員がここまでボランティアやるのか」 そんな職員の姿を私は初めて見ました。「ここまで区の方がやってくれるんだったら、自分も区に対して色々貢献できるように仕事していかなくてはいけないな」と、その時すごく感じたんですね。

自治体と自分たちの距離は、すごく近いところにあるんだ」と、初めて感じさせてくれたのが酒井さんだったんです。

色々な政治家がいますが、やっぱり、区民の顔がよく見えてる人じゃないと良くないと思うんです。日本は主権在民ですから、国民や区民が中心になるためには、その気持ちがよく分かる人じゃないといけないと思うんです。

酒井区長は今までボランティア活動、ゴミ拾い、そういうものを区長になる前から本当に丁寧にやってきた方です。引き続きその姿勢で、今後ともよろしくお願いします。

中野工業産業協会副会長・宮島茂明様

先ほど花堂さんからも話が出ましたが、「中野区観光協会」という組織を立ち上げる時に、酒井さんと知り合いました。

「中野区観光協会」は民間100%、行政からの運営費は一銭もいただいておりません。事務局も一人も出してもらっていません。中野区民である皆さん、「中野大好き」「中野を応援したい」というボランティアの皆さんで成り立っている組織です。

その組織を一緒に立ち上げてずっと手伝ってもらったのが酒井さんです。

色々なことを相談しながら、マップを作ったり、イベントを開催したり、酒井くんもボランティアの立場で参加して応援してくれていました。

花堂さんも言われたとおり、「区民の顔が見える」また我々も「行政の顔が見える」、こんな政治であってほしいと願っております。

私は住まいが野方で、区長も野方。野方界隈を夕方にブラブラしていると、ちょっと顔を合わせて「一杯飲もうか」と、お互い気楽に声がかけられる、この人柄が僕は大好きです。

一期目、なかなか自分の思い通りにならないと思っていると思いますが、二期目からが本領発揮だと思います。この一期かけて、職員のこと、議会のこと、色々勉強された、この次の二期目に活かして実現できると思います。

中野区の職員、全体の3分の1しか区民がいないそうです。残りの3分の2の方は区内にお住まいではないと聞きます。

顔を合わせて、現場を見て、本当に現場で必要なことを実現してもらう、これが行政の役割だと思っています。二期目をぜひ当選させていただいて、一緒に中野を盛り上げていってほしいと思っております。

株式会社ワールドグループYADOYA GUESTHOSE 代表・山本真梨子様

今日酒井さんの話が聞けるということで伺ったら、無茶ぶりでマイクをいただきまして(笑)、光栄に思っております。

酒井さんと出会ったのは、私も「中野区観光協会」が立ち上がった時のポランティアです。

当時の私はまだ若かったので、どう活動したらいいか全く分からない手探りの状態でしたが、その時に酒井さんは区役所の職員で、すでに色々なことを勉強されていました。マップ委員会でも委員長を務めていただき、一緒に区民目線のマップを作ったことが思い出に残っています。

区長になられて、すごく嬉しかった反面、「もしかしたら酒井さんはちょっと遠い存在になってしまうのでは?」「偉くなると人は変わるかも、残念なことになったら嫌だなぁ」なんて思っていたんですが、酒井さんは全く変わらないどころか、区長になったからこそ、区民の目線で、私たちの話を聞きに来てくれます。

コロナが広がったとき、もちろん私も個人的に大変な時期でしたが、中野区の飲食店を観光協会で応援するクラウドファンディングを一緒に活動していただきました。

未だにマップも作られていたり、わざわざお店に取材に行かれたり、全く遠い存在になるどころか、区民の私たちに寄り添っていただく区長として務めていただいているのが本当に心強くて良いなと思っています。

今後も酒井さんがこの中野区で活躍されることを心から願って応援させていただきます。

中野工業産業協会副会長・高山義章様

中野の経済界の有志を代表して、ひとこと皆さま方に「酒井さんの人となり」をお伝えしたいと思います。

中野の経済界は酒井区長のことが大好きです。

それは、「区民目線で一緒になってこの地域を良くしていこう」ということが、酒井さんが区役所に入ってからずっとポリシーだからなんです。

実は酒井さん、岐阜出身です。東京の早稲田大学に入学して、その時に初めて東京で移り住んだまちが、この中野です。

そして、中野の飲み屋を……酒井さんは早稲田大学大学院まで行っておりますから、6年間、中野駅の飲み屋を猛烈に飲み歩きました。飲み潰しました。ですから、私たちよりも逆に飲み屋のことについては詳しいですよね、ぐらいに精通しました。

いざ卒業して「どうしようか」というときに、「こんなに6年間もお世話になった、大好きな中野区に恩返しをしていきたい」と。「恩返しをするなら中野区役所に入るのが一番手っ取り早いだろう」と。早稲田大学の法学部まで出て、その高学歴で区役所に入る方って当時あまりいらっしゃらなかったと思います。そういう意味では変わり種ですよね。

中野の飲み屋を愛して、本当に中野が好きになって、もうこれからは中野を故郷としてこのまちを良くしていきたい、本当に中野に注力していきたい、その情熱で中野区役所に入られました。

私は酒井さんと付き合って20年ぐらい経ちますが、当時の中野区の職員3000人ぐらいの中で、酒井さんはダントツで民間の人たちとの名刺交換が一番多かった人です。当時は「行政の人が民間と付き合っちゃいけない」なんて言う人もいましたが、酒井さんはどんどん地域の人と交流して、地域の人とお酒を酌み交わして、地域の人と語り合っていました。

それを中野区役所に入ってからずっと続けて、46歳のとき、つまり4年前、前回の区長選挙で「中野のリーダーになろう」と決心をして、戦いを挑んだ。

実は、東京23区の区長選挙で現職が負けたことはほとんどないそうです。4年前の時点で、過去3回しかなかったそうです。その3度目の選挙も、隣の杉並区で山田宏さんが勝ったとき、つまり現職が破れた最後のケースは20年前だったと。

私はそれを知らなかったので、「ぜひ酒井さんに区長になってほしい」と応援していましたが、もし知っていたら私、結構ビビっていたかもしれないですね。負けたらただの人。田舎の岐阜に帰って職探しかもしれない。その決断を46歳で、子育て中の父親としても決断した。

過去3回しか勝ち目のない現職の、それも4期目の区長に戦いを挑んだわけです。

そして、奇跡を起こしたんです。20年ぶりに現職を打ち破った。

この勇気にまず感服します。

中野に対する想いが、中野に生まれ育った我々よりも強いものを持っている。

ぜひこの人に中野のリーダーになってもらいたい。酒井区長もまだまだ経験は浅いです。みんなで育てていこう、酒井さんも成長する、私たちも成長する、一緒に成長しながらこのまちをつくっていこう、そんな熱い想いの中で、この1期4年を一緒に過ごしてきました。

この酒井区政、止まることなく二期目の大きなステージを描いてもらい、酒井区長も2期目の区長として成長してもらって、「ハッキリものを言う」「ハッキリ決断をする」次のステージで大事になってくると思います。

ぜひ二人三脚で、この中野のまちを良くしていきたいと熱望します。

中野区長候補・酒井直人のお礼、今後の区政運営に向けた決意

区議会議員の皆さんはそれぞれ想いを持って活動をされています。お話を聞いていて、私も議員の皆さんの活動に少しは関われたかと聞いていて非常に感慨深いものがございました。

立石りおさんとは10年来の友人でございます。今、彼は若手議員としてDX、いわゆるICTを活用した業務の効率化区役所の改革などに力を発揮くださっています。

中野区役所もIT化、20年ぐらい遅れています。私は22年前に中野区役所のシステム開発の担当していましたが、その22年前に導入したシステムを今も区役所の職員全員が使っています。それが区役所の現状でございます。

区長になり、「区役所の仕事をもっと効率化していかないといけない」と動いています。何故かといえば、もちろんコストの問題もあります。

ですがもっと大きいのは、これから本当は子育て環境や高齢者の環境に職員のマンパワーを割かなくてはいけないんです。職員の数を急には増やせない、仕事がどんどん増えている中で重点化すべきところが変わってきています。

例えば戸籍や健康保険の事務などにたくさん職員を使っています。業務を効率化して職員のマンパワーを集めないと、地域の皆さんのサービスが行き届かない、その危機感からDXを進めております。

私が区長になって大きく動き出したのは「GIS」という地図情報システムです。これもだいぶ遅れましたが、ようやく進める舵切りができました。簡単に言えば、今までは建築業者や道路工事の皆さん全員が中野区役所まで足を運んで、職員が紙で地図を渡して、それを確認して仕事をされていたんですね。この来訪が年間何万件あったんですよ。「GIS」ならインターネットで地図が見られるので、わざわざ区役所に来なくてもいい、職員の作業もなくなる。導入のお金は結構かかりますが、予算を付けました。大きな意義だと私は思います。

他のICT化もかなり遅れていますが、あと2年で新区役所に移ります。そのタイミングで投資をして、一気に進めていきたいと思っております。23区でも最先端の技術を入れ、おそらく全国から区役所を見に来ていただける環境になると思っています。

引き続き立石議員にも様々なアイディアをいただき、我々も一緒に考えていきたいと思います。

近藤議員には、児童館の話をいただきました。前区政で全廃方針だった児童館、今は「中学校に1館ずつ残していく」方向性を出しています。

「中学校に1館ずつ」の決断について、今新しい小学校には児童館に似た「キッズプラザ」があります。キッズプラザは学校の隣にあるので、子どもたちはすぐ行けます。その結果、その小学校近くの児童館のお客さんである子どもが減ってしまったんです、1時間に2人しか来ない。この状況ではさすがに「小学校に1館ずつ残すのは難しい」という判断です。

もう一つ理由があります。実は中野区役所は「児童館を全廃する」と決めて以降、児童館の職員採用を1人もしていないんです。今1館あたり3人職員がいますが、ギリギリでまわしています。

それで中野区の児童館、今は日曜日と月曜日、休んでいます。日曜日に雨が降って子どもたちが「どこか行きたい」と言われても行く場所がない、そんな苦情をよく聞きます。

「何とか日曜日や月曜日に開館できないか?」と児童館の現場の職員に聞いてみたら、「ある程度まで児童館の数を減らして、1館ごとの職員数を増やせばできます」と皆さん答えてくれました。

大きくはこの2つの理由で「中学校に1館の児童館」を最終的に決めました。

実は今日、日曜日です。雨が降りましたが、中野区の児童館の日曜開館、今日から実は一部でやっています。まずは4館で実証を始めました。今日午前中に私も覗きに行ってきましたら、近所の人が喜んでくださっていました。これから毎週続けていきます。

児童館が新たな機能を持っていく、これも一つの契機です。学校の中だけで全部終わらせるのではなくて、小学校に通えない子もいる、うちの子供もそうでしたが、学校には行けないけど児童館は行けるという子も沢山います。子どもたちに応えられる児童館を作っていきたいと思います。

関連記事:「新たな機能を備えた児童館」は子どもたちを真ん中に、子育てを地域全体で担い見守る場所

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犯罪被害者の条例の話もいただきました。この条例、実は全国初です。

ちゃんと全国の特徴があります。例えば被害にあった方が弁護士に相談して訴訟する際の費用も区が助成する。日本で初の条例として制定しました。

近藤議員はずっと犯罪被害者の支援活動もされています。職員時代からその話も伺っていました。自分の近くにも関わる職員がいますが、全国で講演して中野区の名前をPRしてくれていました。

職員に外で活躍してもらうこと、中野区にとって目先のことだけでなく将来的投資です。実は今「中野区といえば犯罪被害者の支援で有名ですね」と言われるぐらいなんですよ。中野区民の方はあまりご存知ないのですが。条例化ができたことでさらに、今後中野区で万が一犯罪被害にあっても手厚く支援ができます。そんな体制をつくっております。

今後も色々な方々の声、現場の声を聞きながら、新たな制度等を検討してまいります。

高山さんのお話では、私は最初からずっと外に出ていた感じでしたが、実は中野区観光協会の皆さんが私を温かく迎え入れてくれたので、それで「地域で活動するってこんなに楽しいんだ」と学ばせていただきました。

観光協会に、公務員で参加していたのは私を含めて1~2人、あとは色々な企業の皆さんや主婦という方、働いてない方もいらっしゃいました。本当に様々な方が中野のまちをちょっと盛り上げてあげたい、取り組んでみたい、そんな思いから集まっていました。

そこで私が学んだことは「まちを良くしたいと思う人たちが、その目的に沿って集まってやっていく、これがまちづくりだ」ということです。

振り返ってみると、当時、外で活動する職員が本当に少なかったんです。実は色々な職員に「一緒に観光協会、参加しようじゃないか」と声をかけましたが、なかなか出てこない。極めてまずいと思いました。

これからのまちづくりは、区の職員も一緒になって汗をかいて、区民の皆さんや企業の皆さんと取り組むことが必要で、それができる職員が求められている。それができないと自治体は発展していかないと思いました。

それで、区役所の中で色々な勉強会をしたり、研修を使って職員が地域に出られる取り組みをしたり、10年くらい区役所の中で頑張ってまいりました。でも、なかなか広がりませんでした。風土で行き詰まった感覚もあり、最終的に4年前、区の職員を辞める覚悟をしたわけでございます。

区長になろうと思ったきっかけ、まさに原点は観光協会でのボランティア経験でした。

今、中野区は私が区長になって4年間、少しずつ職員も地域に出るようになってまいりました。具体的にいいますと、例えば、今まで消防団に入っている職員はゼロでしたが、昨年度2人入りました。地域の中で活動して、「中野区の100人会議」というWeb企画をしたり、面白い活動をする職員が出てきました。

これは私が区長になって「どんどん地域に出てください」と言い続けている結果だと思います。区の職員の評価の中にも、地域活動をしていたら評価をしてあげてくださいということを加えました。

少しずつですが、職員のマインドも変わってきています。ぜひここにいらっしゃる皆さんも、区の職員が最初は人見知りだったり、振る舞い方が分からず世間知らずなところもあるかもしれませんが、あたたかく迎えてください。そして一緒になって色々経験させていただけたらと思っております。

今後の区政運営に向けた決意

中野のまちづくり、これからです。

子どもにやさしいまちへ

まず第一に、都市部においてはこれから「子育て家庭の支援」が重要でございます。

昨年度の子どもの出生数80万人。私は団塊ジュニア世代で今年51歳、同じ学年の子は200万人いました。それを半分も切って80万人という衝撃的な数字が出てまいりました。

このペースで減っていくと、日本はこのまま縮小して、生産年齢人口が全体の3~4割しかいない、そんな世界が来ます。皆さん「本当にこのままで大丈夫か」と思われますよね。私は大丈夫だと思わないので、まずは中野区の子育て環境、子供の教育も産前産後ケアも対応していきたいと思っています。

周囲に知り合いがいない都会、子育てで孤立してしまう「子育てしにくいまち」、まずはそう呼ばれないようにしっかりと、中野の地域と行政が親子を支えていく、そんなまちづくりを中野で実現したいと思っております。

孤立しないで子育てできることが分かって、安心して子どもを生み育てられる、それが都市部で当たり前のようになる社会。そうならないと日本はもう滅びるんじゃないかなと私は本当に心から思っております。

「子育て環境の向上」は絶対に逃れられないミッションだと思っておりますので、皆さんのご理解をいただきながら、子どもたちのためにも区政をしっかりと進めてまいりたいと思います。

困ったひとにやさしいまちへ

もうひとつ忘れてはいけないのが、これからの中野区。

今は若者も多く住んでいますが、高齢化が進んでおります。高齢化で、地域で独り暮らしの高齢者がどんどん増えていきます。中野区だけでも今2万5000人ぐらいの一人暮らしの高齢者の方がいらっしゃいます。

この皆さんがどうやって地域の中で住み続けられるか、これを解決するのも大きなまちの課題です。

そのために、中野区の医療や介護、見守り支え合い、住まいの事業者、中野に住んでいる様々な皆さんで「地域包括ケアシステム」と呼ぶネットワークを作っていく必要があります。

このシステムも、日本の都市部で成功している自治体は未だにありません。中野が初の成功事例となることが私の実現したいことでございます。

「地域包括ケアシステム」に関係ない人は一人もいません。全員がこれに参加することで、完成に向かうことができます。真っ先に認知症サポーター講座を受けてくださった社長さんもいらっしゃいます。

まち全体で課題を乗り越えていく、そんなまちづくりが中野でできると思っています。

安全で活力のあるまちへ

今まさに、大きなクレーンがいっぱい建っています。南口が変わり、あと2年で区役所が新しくでき、次に新たなサンプラザシティを作る計画を進めております。

「まちが大きく変わる」これをは一つのチャンスだと思っております。

チャンスとは賑わいが生まれるだけではございません。このタイミングで「区民の皆さんとまちをどうするか」話し合ってアクションしていける、そんな機会になると思っています。

今、経済団体の皆さんも一緒になって、中野のエリアマネジメント、まち全体をどうブランディングしていくべきか取り組ませていただいています。中野駅周辺の建設会社、開発会社、地区ごとにバラバラです。そこをまとめて進めていく。恐らく日本で初めての取り組みです。

関連記事:エリアマネジメント協議会の立ち上げを報告しました

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ここまで一気に開発する地区も珍しい、日本で初のまちづくり。これを皆さまと一緒に取り組んでいきたい、まずはそれがこの駅周辺についての私の考えでございます。

建物ができても、そこに魂をこめないといけないと考えています。

皆さんもご存知のとおり、中野には多様な文化があります。中野は非常にこの部分が特徴的なまちだと思います。色々な国の人が住んでいて、私のように岐阜など地方からの出身者もいっぱいいて、LGBTと言われる方もたくさん住んでます。

そんな多様な人たちが一緒に活動することで、新たな価値が生まれ、中野の特異性がが出てくると思っております。

ブロードウェイがあり、サブカルチャー文化も多くあります。これまでの区政ではこれをしっかり活かしてこなかった、そう思っております。

あるものをどう組み合わせるかによって新しい価値が生まれてくる、それが中野のまちづくりだと思います。

 

以上、3つの大きな課題をあげました。

これら全てを「皆さんとともに進めるまちづくり」として取り組んでまいりたいと思います。

最初の4年では道半ばでした。これからはもっと私のリーダーシップも発揮しながら、皆さんと一緒に取り組んでいきたいと思っております。ぜひ次の4年間も、一緒にまちづくりをしていただけるよう支援いただければと思います。

本日は誠にありがとうございました。

 

1期4年の区政運営、実績と課題

中野区すべての地域を遊説、振り返りと決意

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酒井直人が目指す中野(政策)

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区民と進めた1期4年の主な取り組み

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酒井直人プロフィール

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